素描家:shunshunさんインタビュー

線。罫線。電線。境界線。五線。G線。無線。有線。超えられない一線。あ、井の頭線も。
私たちの周りって、こんなに線だらけ。と、ふと思ったときに、線を、線だけを描いている人にはどんな風にこの無数の線が見えているのか気になって、お話を伺いました。
1本のペンを使った線画のスケッチ、素描を生業とされているshunshunさん。
むくむくとした新緑が眩しい、朝9時の井の頭公園でのインタビューです。特別ゲストはシャクトリムシくん。


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・大好きになっちゃう

・スイスで見つけた線一本の魅力

・愛用している道具について。ずっとこれ一本(文字通り)

・tocoro cafeで。

・本当は存在しない線というものを、僕は描き続ける。


大好きになっちゃう

― 今は広島にお住まいでいらっしゃるのですよね。

「そうです。今回は、ちょうど個展があったので」

― 阿佐ヶ谷のcafeひねもすのたりさんでの個展、すごくよかったです。「はるのうみ」というテーマの作品たちが、静かにあの空間に調和しているように感じました。どうしてあの場所で開催しようと思ったんですか。

「ひねもすのたりに、実は僕、10年前にとつぜんアポなしで行ってみたことがあって。気になっていた建築家の堀部安嗣さんが内装を手掛けたcafeということで、見てみたくなって。そのとき店主の松原さんとお会いしてたくさん話をさせてもらって、そのときからあの空間がね、大好きなんです。それで今回、広島に移住してちょうど5年になるんですけど、この節目にふと、東京の好きな場所で個展をしたいなあって。最初に思いついたのがひねもすのたりだったんです」

― shunshunさんの、ギャラリーやカフェやなどのお店を素描した『主の糸』という本を大切に持っているんですけど、あの本に描かれている絵と文章を読むと、本当に店主さんのこと、その空間のことが大好きなんだなあと伝わってきます。それはどのお店でも。

「そもそも気になる!見てみたい!と思って行ってるし、実際にその場に行って、隅々まで店主の方の配慮とセンスが行き届いている空間に身を置いて、それでご本人に話を聞いて素描までさせてもらっていると、もう…。大好きになっちゃうんです(笑)」

― それはなりますね! それにしても、いきなりこんにちはでいきなり話し込んで絵を描かせてもらう、ってなかなかハードルが高いように思えますが、そこらへんは…

「あっ」

― (えっ)

「むし。シャクトリムシですね」


「見てくださいこの糸。細い線だなー」
(線見えた!)


高い木の枝から糸を引いてぶらーんって降りてきたシャクトリムシ。はなし聞かれてたかも。


ちゃんと葉っぱまで送り届けてあげるshunshunさん。

スイスで見つけた線一本の魅力

― shunshunさんが素描を始めたきっかけは何だったのでしょうか。

「まだ素描、という言葉と出会う前から、旅をして建物をスケッチすることは時々していました。けれど本格的にスケッチという行為にスイッチが入ったのは、ある大きな失敗がきっかけでしたね」

― どんな失敗ですか?

「大学4年の時に、パリの建築学校に5週間短期留学する機会があって、せっかくなので前入りして一人でスイスを旅していたんです。そしたらルツェルンという町でカメラを無くしちゃったんです‥。電話ボックスにうっかり置き忘れてしまって。まだ滞在初めだったのに。でも、どうしよう、カメラは無いけど目の前のこの風景や建築物は記録しておきたいぞ、って思って」

― そうか描けばいいんじゃないか、と。

「そうなんです。カメラを無くした悔しさをバネに、がむしゃらに描きました。もともと敬愛していた建築家のル・コルビュジエとかアルヴァロ・シザとかもスケッチブック片手に旅をしていたんだよなーと思って」

― なるほど。ポジティブですね!

「帰国してからも、向こうでスケッチしていたときのあの楽しさとか、物の見方、こう、ぐわーって対象を見る、そりゃもうめちゃくちゃ見るんですけど。その感覚を忘れたくなくて、身の周りのものを毎晩5分だけスケッチしよう、って決めてやってみたり、そういうのをしてました」

「それと、そうやって描きためてきたスケッチやドローイングたちを、たまたま個展で展示することになって。せっかくなので名刺を作ろうと思った時に、自分がやっていることって何なんだろう、とふと思ったんです」

― この、日々書き溜めているものはなんだろう?ということですか。

「そう。画家の描く立派な絵でもないし、イラストレーターのように依頼をされて描いていたわけでもない。ただ、スケッチやドローイングをしている人。ただあるがままを描いているだけなんです。だから、それに近い日本語を探していたら 「素描」という言葉を見つけました。「素」と「描」という言葉の組み合わせに、なんだかとても惹かれました‥」


「組み合わせだけじゃなくて言葉単体の響きや温度なんかが、自分の目指す世界に近いなと感じたので、これを肩書きにしてみようと思って」

愛用している道具について。ずっとこれ一本(文字通り)

― shunshunさんの素描は、はじめからペン一本だけというスタイルでしたか。

「そうですね。色を付けたこともなかったです。ずっとペン一本です」

― 線だけを描く方がどんなペンを使っているのか、すごく気になっていたのですが、意外と普通のペンなんだな、と思いました。このペン私も持ってます、親近感!(笑)


shunshunさん愛用のボールペン、ユニボール シグノ 超極細シリーズ0.28mm。

「普段のお仕事と作品は全部これで描いてます。このブラックとブルーブラックがすごーくいいんです。顔料系のゲルインクだからいい。ダマにならないでしょ。それににじまない。色褪せもしにくいし」


「ほら。(スラスラスラ~)」

― どれぐらいで(ボールペンのインクが)無くなりますか?

「普通に描いてると、一週間で一本は使いますね。最近は使い終わったペンも取っておくようにしてます」


画像共有サービスInstagramで投稿したら、意外と(?)好評だったという、使い終わったあとのボールペンたちの写真。整然とした姿が美しい。

― わ、すごいですね。そのうちシグノさんの広告塔になっちゃいそうですね!

「オファーこないかなぁ(笑)」

― ちなみに紙もこだわりがありそうですが。

「フランス製の銅板画用紙、ベラン・アルシュを使っています。手ざわりや色味、風合いが好きなので」

tocoro cafeで。

― ちょっと戻りますが、素描家として活動を始める転機になったことは何でしたか。趣味としてのスケッチから、仕事にしようと思ったターニングポイントというか…。

「うーん、色々ありますけど、心に大きな影響を与えてくれたという意味では、tocoro cafeさんに出会えたことが大きいかなあ。2006年ごろだったかな。その頃は、サラリーマンとしての自分の仕事に関して迷っていたというか、悶々としていたところがあって」

― 建設系の設計のお仕事ですよね?

「はい。建設ってとにかく一つ一つの仕事が大きいから。チームの規模も大きい。関わる人間も何十人規模だし。だけど、社会人になって数年が経って、自分はそもそも大きいものを作ることにあまり興味が持てないのかもって思い始めていた。作家さんが作る器とか、そういう小さいスケールの方がどうも好きだぞって」

― 対極ですね。

「そんなときに、これまた好きな小泉誠さんっていうデザイナーさんが空間デザインを手掛けたカフェがあると知って行ってみたのが、三軒茶屋のtocoro cafeさん。思わず背筋がピンとするような緊張感のある空間なのに、そこにいるだけで不思議と心がリラックスするんです」


2006年当時のtocoro cafe店内の素描。『糸と会う』に収録されている

「空間だけじゃなかったです、素敵なのは。この、カウンターの湯釜。ここにお湯が沸いていて、柄杓(ひしゃく)ですくうんですよ、お湯を。茶道とエスプレッソの考え方を融合させたカフェなんですけど。濃く抽出した珈琲を、この湯釜のお湯で割るんです」


「本当に素敵なお店でしたね。今はもうこの空間は無くなってしまっていて、彼らは出張喫茶などをされているんですけど、今でもあの、初めて店内で珈琲を飲んだときのこと、あの日のことは忘れられません。見とれるような茶道の仕草とかトレイの配置とか、、、うん、くっきり覚えていますね。店主の上村さんの熱い想いを聞いたりして、興奮で胸をドキドキさせながら歩いて帰ったことも覚えてます(笑)。僕も何かしたい!何かしよう!って」

― まさに人生を変えた出会いでしたね!

「そう。それでどうしてもお礼というか何か気持ちを伝えたくて、そのときのお店のスケッチをポストカードにして、手紙を添えて送ったんです。そうしたら上村さんがすごく喜んでくださって。それだけじゃなくて、後日お店に行ったら常連さんからも声を掛けられて。『あの絵を描いた方ね!』って。そのとき、あー絵を描くとこんなことが起こるんだ、ってすごく感動しました」

― それは仕事とは全く違う感覚でしょうか。

「仕事は仕事で楽しいけど、一人で全部やるわけじゃないから。それに、お客さんから『直接』『その場で』笑顔が返ってくるというのが感動でした。笑顔をもらえることがこんなに嬉しいんだな、って。自分の中では大きな衝撃でしたね」

― 会社を辞めて素描家としての初めての個展はこのtocoro cafeさんで開催したい、というのは、もうこのときに決めていた?

「そうだったのかもしれません。好きな空間で好きなものを表現したい!って思っていましたから」

本当は存在しない線というものを、僕は描き続ける。

2011年に会社を辞めて2012年の春に広島へ移住してから、素描家として本格的に活動を始めたshunshunさん。
活動の一つとしてギャラリーやお店の素描を集めた自主制作の本『糸と会う』『糸の泉』『主の糸』を発表されています。


『糸と会う』のテーマ。-糸と会うと書いて絵となる。糸と糸の出会いから絵が生まれ、………

― ギャラリーやお店の素描にも、言葉を添えていらしゃいますよね。あれがいいなあと思います。
shunshunさんの立ち位置が貫かれていて。
イラストの構図で言えば文字通りの視点でもあるし、フラットな目線という意味でも。

「お店はどれも自分が行きたいところ、で選んでますが、正直、そこの魅力を文章で巧みに紹介しようとは思ってません。プロのライターさんのようには上手に書けないので。僕がお店に行ったその時のこと、店主の方と話したことやそこで起きた小さな出来事なんかをそのまま素朴に書いてみよう、って。そういう風に意識しています」

― 店内もそうですが、お店を外から描いたときの描き込み具合も本当に細やかですよね。電柱の電気メーターなんかまで描かれていて。この辺りから、そこに暮らす人たちの営みまで浮かんできそうです。

「僕は、建物やお店を描くときの感覚はフィルターだと思っているんです。目の前にあるものの中から印象に残るものだけを描く。フィルターを通して線に換言する。そんな感じ。」

― なるほど。見えてるすべて、というよりも、ここに描かれているのはshunshunさんの目に飛び込んできたものたち、ということでしょうか。

「そう。紙を持って線を引いてるこの姿が、なんだろう、レコードの蓄音機みたいな。僕が感じているもしくは見ているものが身体に入ってきて、手を通じてペンを通じて線を描いている出来事は、目の前のことやものを録音してそれを線に落とし込んでいることなんです。ってわかりにくいですかね」

― わかります。

「それで言うと、最近はちょっと変わってきましたね。線の向き合い方というか」

― どんな風に?


「今までの、目の前のものを描く、というのとは少し違った、ひたすら時間を掛けて線をじっくり描きたい気持ちが強くなってきました。線の海シリーズのような、大きな対象、自然の風景とかを線で細かく陰影を付けたり…。
広島に移住して5年の節目で、今、次に行くステップかなと思っています。対象をじっと見て描くスケッチというよりも、ひたすらに線を描いていたい。
こういうときって、周辺の環境や光、音、気分なんかが入ってきやすいんです」

-shunshunさんのInstagramより-

― 今回の展示、「はるのうみ」は本当にそんな風に思いました。
線だけなのに、確かにあの絵の中に、波の揺らぎや光の移ろいを感じたような気がします。太陽がしずかに落ちていくところかな、とか、どんより曇り空の日かな、とか。線だけなのにありありと。

-shunshun個展「はるのうみ」at ひねもすのたり-より 

「広島に移ってからは瀬戸内海など風景を描くことが多くなりましたね。自然を見ていて思うんですけど、線って自然界に存在していないものだと思っているんです。さっきのシャクトリムシの糸も、あれは物質であって有機的なもので。
でも線っていうのは人が手を使って線を引く。これが始まり。
この瞬間から初めて線として名付けられるものじゃないですか」

― 確かにそうですね。

「今、目の前のこの土と壁の境目も、線として引いてしまえばそれまでだけど、本当は線じゃない。
ここには線はないんです。線のようだけど、線だと思っている概念だから。
人が手を使ってボールペンや鉛筆を動かした瞬間に生まれるもの、それが線だと思うんです」

「線というのは概念でもあって、抽象的な存在でもあると思っていて。線をずーっと描き続けていると、海の絵なんかもそうなんですけど、抽象的なものの存在の集まりが、何か、具体的なものに見えてくる瞬間がおもしろいなあって。淡々と線を描いてるだけなんだけど、ある意味抽象画を描きたいのかもしれません。線だけで構成される抽象的なものが水面のゆらめきとか具象画に見えてくる。それがおもしろいんです」

― なるほど。線を引いた時点で、その存在を認めたことになるような…。

「そうです。それが線の魅力、おもしろさですよね」


おまけ1

最後に聞いてみたかったこと。


「これから描いていきたいものはなんですか」


「そうですね、今の僕にとっては、希望を感じるものを描きたいです。見たら元気になれる絵を描きたい。そのためには、まず自分自身が何かに感動して元気にならなければいけません。そんな風景との出会いを求めてこれからの日々を生きていきたいと思っています」

おまけ2

インタビューのあと、井の頭公園を散歩しながら素描していただきました。

スワンたちも絵の中に入るのでしょうか


「井の頭公園はね、子どものころよく来てましたよ。実家が近くなので」


のどかな風景。

描き描き‥。


スケッチ中のshunshunさん。の足元に線をはっけん!(パンツのほつれ…)


15分ほどで描き上げてくださった井の頭公園のスケッチ。


インタビューを終えて、今この目の前にある、壁と床の境目の線のこと(これは見えているようだけどほんとはここに無いものなんだ)を考えたり、逆に、水面に現れる一瞬の線を、「いま見えたぞっ」って見ようとしたり、線を意識してみるだけで風景がこんなに面白くなるんだなあと知りました。

それからシャクトリムシくんが今どうしているかなとちょっと頭をよぎりました。


<インタビューおわり>


【shunshun】
素描家。1978年高知生まれ。東京育ち。建築設計の仕事から絵の世界へ。2012年春に千葉から広島へ移住。書籍やプロダクトのイラスト等で活躍中。個展ではOrder Made Drawingも行う。作品の購入も可。
http://www.shunshunten.com/
Instagram ID:shunshunten




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nunocotoスタッフ。編集・コンテンツ系を主に担当。2人の男児の母。手づくりするのはだいたい真夜中。I-padを相棒に、昔のドラマや映画を観ながらチクチクするのが好きです。新聞配達のバイクの音で我に返ることもしばしば…。でも作っている間は不思議と眠くならないんですよね。

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