一本の糸の旅 Vol.6 糸から布へ。布から暮らしの中へ。
棉から紡ぎだされた糸は、様々な工程を経て布になっていきます。
皆様にお付き合いいただいた、一本の糸の旅も終わりに近づいてきました。
私の作る「丹波布」は、棉を紡ぎ、草木で染め、手織りするという工程が特徴ですが、もう一つこの布を特徴づける、“お約束”があります。
それは、織る時に緯糸に「つまみ糸」と呼ばれる絹糸を織り込むことです。
丹波市のシンボルでもあるつまみ糸。脇役のようでありながら存在感は主役級。
丹波布が作られていた青垣地域では、かつて養蚕が行われており、お蚕さんを育て、繭を出荷していました。
その中で、出荷できないB級品の繭を家で“つまみ”出し、糸にしたものが、「つまみ糸」です。
そして、そのつまみ糸をいつの頃からか緯糸に使うようになりました。使う量は、柄にもよるので様々です。
そして、理由は分かりませんがつまみ糸は、染めずに白いまま使われていたようです。
それが今となっては、丹波布の大きな特徴の一つになっています。
布によっては、つまみ糸を全く使わず、木綿の手紡ぎ糸のみで織られたものもありますが、私は、丹波布のシンボルでもある、つまみ糸をできるだけ使うようにしています。
緯(よこ)の柄を決める悩ましさは、前回お話しましたが、つまみ糸の配置や太さの決定は、その中でも一番の悩ましさです。
つまみ糸を使った布のバリエーション。合わせる糸の色や分量で、印象がだいぶ変わります。
木綿の中に絹という違った素材が入り、また色が白という事もあり、うまく入らない時はギラギラと自己主張をしたり、遠慮して使うと、木綿の糸に埋もれてしまったりしてしまいます。
私自身が納得し、“しっくり感”を得ることができるのは、効果的に、木綿と絹の両方の質感を生かせる柄ができた時。
織っていても「あ~馴染んでいる」と気持ちが和らぎます。
「つまみ糸を上手に入れることができれば、一人前」と指導して下さった大先輩の言葉が、いつも思い出されます。
つまみ糸と木綿の糸との色の対比、分量のバランスが、布の仕上がりを決めます。
手紡ぎの木綿糸につまみ糸が入ることにより、布にふっくらとした立体感が出ます。
そして、柔らかさも増すように思えます。
丹波布を始めたころは、深く理解できていなかったつまみ糸の良さや効果が、少しだけわかってきたように思えます。
そして、つまみ糸を使う事による悩ましさも、その都度楽しい挑戦だと感じる事ができるようになりました。
丹波布のシンボルとも言える、「つまみ糸」。これからも、悩みつつ使っていきたいと思います。
クライマックスになって、ようやく「織」の作業です。
そして、織の話です。
布を一枚織り上げる長さは、帯や着物に必要な分が基本の単位になるので、短い時は6mほど(半反)、長い時は15mほど(一反)になります。
そして、緯の柄にもよりますが、一本織り上がるのにかかる日数は、半反で平均5日間~1週間ほど。
時間枠で見ると、全工程の中で織りはほんの一部でしかありません。
織らないと布にならないのに、全体の工程から見ると、ほぼ終わりに近い作業。
出番が少ないのに、インパクトのある主役のようです。
無事布が織り上がると、次は「点検と直し」という、あまりうれしくない作業が待っています。
点検は、目飛びがないかを確認する作業です。
目飛びが無いように気を付けて織り、できるだけ織っているときに目飛びをみつけ、直すようにしますが、織り上がった後、更に点検をし、目飛びや糸のたるみがあったところは、直します。
目飛びがない事を祈りながらの点検であり、できるだけ自分の都合の良いように考える性格も重なり、私にとっては最も苦手な作業です。
でも、長い工程を経て出来上がった布をきっちりとした形で見ていただくには、絶対に必要な作業とも言えます。
時間の余裕が無い時、更に念を入れたい時は、点検と直しのエキスパートである、友人にお願いします。
点検と直しの終わった布は、用途によりアイロンがけや湯のし(悉皆屋さんに頼みます)などを終え、ピシッと“外に出ていける”様相に変わります。
さて、ここからが「布」の旅のはじまり。
反物の場合はそのままですが、そこから“現代の日常使い”の用途になる時、出来上がった布は、もう一つの旅に出ます。“形”になる旅、縫製です。
nunocotoさんにコラムを書いているのに、そして自慢にもなりませんが、私は縫製が大の苦手です。
直線縫いの雑巾や娘の巾着作り以上のものは、作れません。
そこで、アイデアと大まかなデザインを持って、プロの縫製の方にお願いをします。
幸運なことに、私の周りには二人の経験豊富な縫製のプロがいます。
一人は、丹波布の大先輩でもあり、縫製の道60年以上の年ちゃん。
シンプルなだけに、布の扱いが繊細な形のものをお願いします。
そして、もう一人は服のデザインから縫製、販売まで行っている、直子ちゃん(丹波市のJR柏原駅前にある、chronicという素敵なお店のオーナーです)。
いつも“なんとなく”でしかない私のデザインやアイデアを、ちゃんと具体化してくれます。
こうやって、恵まれた環境にとっぷりと頼り切って、布を形にしていきます。
この道60年の縫製のプロの手。いつもありがとうございます!
今回ご紹介するのは、年ちゃんの手による丹波布の風呂敷と、直子ちゃんの手によるバッグ。
いい表情、出ていますでしょうか。使い込むほどにもっと味わい深くなっていきます。
風呂敷は、使うほどに柔らかく、そして強くなっていきます。
一枚で二度おいしい? そのままでも使えるかごバックの中袋。
バッグは、私の住む村で昔から伝えられている、竹細工の技術による竹かごバックの中袋。
竹かごを使わない季節は、バッグ単体でお使いいただけます。
昔の技術を守り、伝えられている丹波布ですが、もともとは農家の主婦が農閑期に作っていた布です。
農作業の合間に紡ぎ、周辺にある草木で染め、農作業や主婦業の合間に織り上げられた布は、生活の中から生まれた布だと言えます。そして今も、仕事や主婦業の合間を縫って作られています。
そんな日々の生活の中から生まれた布は、是非日々の生活の中で、愛されながら使われていって欲しいと思っています。
特別なものではなく、いつも近くにある布であるよう、用途やデザインに頭を悩ませながら、日々進化をしていきたいとと考えております。
使うごとに愛着が増す、大切な道具たち。
のどかな景色の広がる、のどかな丹波の地からお届けした、このコラムも今回で最終となります。
拙い文章にお付き合いいただき、ありがとうございました。
村の夏祭りへ向かいます。美しい丹波の夏の夕暮れを感じながら…。
これからも変わらず、こののどかな地でドキドキしたり、焦ったり、幸せな気持ちになったりしながら、棉から糸、糸から布にする仕事を続けていきたいと思います。またどこかでお目にかかれますように!